ナゲブログ

140字をオーバーするときに使います。定期的に更新できるかは謎です。

痛いもんは痛い


こんにちは、ナゲです。


前回書いた『やめなきゃなんでもいい』という記事、色々な方に読んでもらい大変嬉しく思います。

※前の記事
やめなきゃなんでもいい - ナゲブログ

この記事を書いたおかげで、また停滞せずに記事をかけたのでダブルで嬉しく思っています。


今回の記事は、前回の記事に関連する話で、

「いやいや、続けること自体が辛いんだわ」

ってなってた時期を思い返して書きました。


続けること自体が苦しいとき、僕はよく「痛みを伴ってる」と言うのですけど、そんな話です。


・痛みを伴う続け方

まず「痛みを伴う」というのは、「面倒くさい」とか「自分の実力不足を直視するのが嫌だ」とか「どうしようもないと思える課題に直面して辛い」とか「次から次へ新しい課題が出るので際限が無くて疲れる」とか…「続けててきついよ~」って感情を色々詰め込んでいることを指しています。
※これ以降、「痛い」はそういう意味で使ってるんだなと思ってください。


好きではじめたこと、なんか続けてると痛ぇぞと。

思い返してみると、痛みが出る三大要素ぽいのがあったので以下にまとめます。


【痛みが出る三大要素】

1:成果を求めすぎる
 ⇒「このランクや勝率に到達したい…」とか「大会で上位に残りたい…」とか思いすぎる。

2:過程を大事にしすぎる
 ⇒「こんなに練習してるのに…」とか思いすぎる。

3:比較しすぎる
 ⇒「あいつは俺より強い…」とか思いすぎる。


身に覚えありすぎて書いてて辛くなってしまった。


出来ることが増えたり、逆に出来てないことがわかってきたりすると、上に書いたような感情がじわじわ浮かんでくる。
「イタタタタタ!!!!」じゃなくて「う……うぁ…………」みたいな鈍痛のイメージ。



・痛みを伴わない継続方法

こう考えたときに、対処自体はわりとシンプルで、逆のこと考える意識を持つと良いのではないかなと。

1:成果を求めすぎない
 ⇒「なるようにしかならね!」とか思う。

2:過程を大事にしない
 ⇒「続けてて当然!」とか思う。

3:比較しない
 ⇒「比較してもしゃーねぇ!」とか思う。


この辺りに対しての考え方が、前の記事に繋がってくるなと思う。

2について補足で、こう書くと厳しく見えるんだけど、続けることに対しての抵抗は極力少ないほうがいいです。
いわゆる「習慣化する」って話かと思います。

呼吸と一緒の扱いにするのが理想。
「いやぁ~~~~~今日も1日めちゃくちゃ呼吸したわぁ~~!!!!!」って思わないですよね。呼吸で達成感を得るのは鬼滅の世界観でしょ。

ここまではいかないにしても、
ご飯つくったりご飯食べたり洗い物したり買い物いったりお風呂入ったり掃除したりとか、
日常生活でちょっとだけ面倒だけど「まぁやるかぁ~~!!」って選択をするレベルの習慣にはしたい。

そうしないと、続けること自体に負荷がかかって、
一度やらなくなるとまたやり始めるのに時間がかかっちゃう気がする。

なので2は、習慣化してくの大事だよなぁと思ってるという話です。
習慣化する取り組みは格ゲー以外のことで実験中なので、結果が出たら今度またまとめます。


注意点としては、痛みを伴いながら続けること自体を習慣化してはいけない、ということ。
俺はこれから痛くても上達目指すぞ!って気概で取り組んでいるならともかく、
継続してたら自覚せずに痛みが発生してきた…とかであれば、一旦リセットするほうがいいかもしれません。


・上達したいなら……

痛みを伴わない継続が出来る前提で、適度に痛みを伴うのが良い…になるのかなと。
あと痛みを伴わない継続を意識すると、結局「いいから手を動かせ!!」に近づく気もする。

いやまぁここの塩梅が難しいのは重々承知しているのですけども、
最初は痛くなかったのにドンドン痛くなっててそれを自覚してるってことは、
単純にキャパ超えてるからだと思うのです。

ぼくは「才能が無い…もうダメだ…おしまいだぁ……」ってなってるとき、
課題点を列挙するとか絶対してなかったし、書き出しても「自分には才能がないのでやる意味がない」とか考えてた気がする。

キャパを超えて考えるのを放棄した結果、どうすればいいのかわからなくなってしまった。

こうなっちゃうと正論言われても耳を閉じてる状態になりやすいので、人から話を聞ける余裕がある間に、痛みを自覚したらやり方を調整していくのが良いんじゃないかなと思います。



ということで今回は以上!!!……なんですが、僕の経験則でもうちょい書きたいことできたので、蛇足と余談を1個ずつ書きます。


・蛇足 「才能やセンスがない」という話

「才能が無い」とか「センスが無い」…いわゆる「どうしようもなく適していない」という類のフレーズは、やめるときの理由として最後の最後に発言するまで取っておくのが良いと思ってます。

「才能が無いから、これをたくさんやってみよう」とか「センスが無いから、ここの過程はもっと理解しよう」とか、前向きな発言をくっつけないと、ずっと痛いままです。
まじでずっと痛いままでした。

あと「自分には才能がない…辛い……」的な発言をあまりにも連呼しているとですね、周りから出来るアドバイスも「他の人もがんばってるよ」とか「そんなにつらいならやめなよ…」とかになってくるんですね。
よりダメージを負うので注意しましょう。体験談です。

愚痴を言うのってこれはこれでめっちゃ大事なのですけど、聞いてくれる関係性の人へ、適度な頻度で吐くのがいいと思います。
適切な頻度でなくなってしまうのであれば、取り組み方自体を見直したほうがいいです。


・余談 友人に言われた楽になった一言

全国大会予選の個人戦で、一時期もう全然勝てなかった。

予選は毎週のように開催されるのですが、最初から最後のほうまでずーっと予選敗退してて、ちょっと遠出して1回戦で負けてすぐ帰ったとかしてた。

勝てないけど予選の枠は限りがあるから出ないといけない…って唸ってたとき、
友人から「怪我してる状態だと思っておくぐらいがいいよ!」って言われたんですね。

これが本当にすとんと腑に落ちた。

「あぁ、ぼくは今これ"怪我してる"状態なんだな」ってめちゃくちゃ自覚できた。
当時はおそらくEVOの大会疲れや負けをなんやかんやで引きずっていて、それがわからずにどんどん調子を悪くしていた。

怪我なら自然治癒するレベルだったし、それを待とうって気持ちになれた。

予選でるのは続けたけど「いま結果を求めてもしゃーないし、本戦でれなかったらゆっくり休もう」って思うようにした。(当時でれるイベントは極力全部でてた)
そしたら最後の最後で予選通過したのだけど、その前の予選から「治ってきたな~」って気持ちが持てた。

このめっちゃ些細な自覚が本当に効いたんですね。
「よくわからないけどずっと調子が出なくてどうしていいかわからない」から、
「いま怪我してるなら結果出すよりも怪我が広がらない範囲で動こう」になったし、
その後も「あ、いま怪我してるからちょっと休もう」みたいに思えるようになった。
以降、休むことへの恐怖心が薄まったというお話でした。



というわけで本当に以上です。

色々書きましたけども、それなりに上達して成果出そうとすると、それなりに痛むときあると思うんです。
ぼくの理想は「痛いとか痛くないとか無くて、ずっと続けられる人になる」で、「楽しんでやる!」ってよく言ってるのはそれを意識してるからですね。

習慣化する話は、また別の記事で書こうと思うので、実験結果をお待ちください。
進捗率50%ぐらいなので、年内に記事にできたらいいなと思ってます。

それでは。