ナゲブログ

140字をオーバーするときに使います。定期的に更新できるかは謎です。

やめなきゃなんでもいい

こんにちは、ナゲです。
ブログではとてもお久しぶりです。
前回の記事は4月に更新してました。


つい先日、友人が誕生日でして、
「誕生日おめでとう!」とリプライしたところ
「ありがとう!ブログの更新楽しみにしてるよ!」と返ってきまして、
(あ……ぁ……ぁ……)ってなったんで書きました。


最近ぜんぜん考えがまとまらなくて更新してなかったんですが、
いやもう…考えがまとまらなくても更新しちゃおっか…ってなりました。


今回の記事は、はじめの一歩に出てくる鴨川会長の名ゼリフである、

「努力した者が全て報われるとは限らん。
しかし!成功した者は皆すべからく努力しておる。」


が近いと思います。というかこれで終わりです。まじで。

このセリフを自分の言葉に変えて書いてる感じです。
特定のシリーズの対戦格闘ゲームをず~っと遊んでるだけなので、
「努力」とか「頑張る」という言葉をあんまり使いたくなくてですね、
とりあえず趣味は続けておけばよくないかな、という話です。

続けてると背負ってしまう人向けですかね。


4つの前提と、それをふまえた自分の考えを書いていきます。


・前提① 『結果』と『過程』はどっちも大事

結果がすべてと言い切って今までの過程をバッサリ否定する必要は無いけど、
取り組み続けているのに求めている結果が得られないならやっぱり過程を見直す必要はある。
(求めている結果のハードルが高すぎる場合もある)

ぼくがこの話題を出すときによく使う例えで
『全力で足踏みしてたら前に進んでなくても疲れるものは疲れる』ってのを言う。

体を動かして「よく運動した~!!」という達成感を得るだけならそれでも良いけど、
○メートル前に進みたいという目標があってそれを達成したいのであれば、
自分が疲れてるかどうかは抜きにして、取り組み方を考え直して「○メートル進む」に近づくことを考えないといけない。

これをした結果どうなったか、がすごく大事な情報で、
片方だけを大事にするのはもったいないなと思う。

「これをした」しか認識してないと、結果がわからないから続けてどうなるかわからない。
「どうなった」しか認識してないと、過程がわからないから同じ結果が続けて出せない。


対戦格闘ゲームってこの辺りが多分わかりにくい。
色々な細かい結果を経て勝敗が決まるのに、勝敗という結果がやたらデカく見えるし、
目の前で発生する状況にただただ必死で、気づいたら勝ち負けが決まってた…みたいな部分からスタートする。

だから勝ち負けじゃなくて「○○を当てよう」とか「○○をガードしてみよう」みたいな自分主導にしやすい目標とか、
対戦動画を見直すのが大事(見返すと自分に対して予想以上に何もできてねぇと思えたりする)だと思う。


・前提② 「好きなこと」は好きにやればいい

そうは言いつつ、別の前提として思うことは、好きなことは好きにやればいい。


別にわざわざ目標なんて掲げず、適当に遊ぼ~でも何の問題もない。
さっき「目標があってそれを達成したいのであれば」と書いたけど、
目標たてるだけたてて達成しないのも全然あり。

誰かに成長を強要される必要も全然ない。
全部の物事に過程がどうだ結果がどうだって考えるのめっちゃ疲れませんか?
ぼくはめちゃくちゃ疲れるから、そういう取り組みするのは一部分に絞ります。

……でも続けてると欲みたいなのが出てきて、
「成長したい!」って気持ちも出てくるときあるんですよね。

たぶん勝ち負けがハッキリ出る趣味ほどこの気持ちになりやすいんじゃないかなぁと思う。
勝ったら嬉しいし負けたら悔しい、だから勝ち星を増やしたい、結果的に成長しようとしちゃう…みたいな。


あと「続けてるなら成長したいと思うと思ってる人」も多いと思う。
ぼくはめちゃくちゃ語りたがりだし、隙あらば「人生のサビだから!」って言って自分の考えを繰り出しちゃう。
でも十分な信頼関係がないままで、「こうしたほうがいい」と助言を連打するのは、
相手のペースを崩してしまいかねないから、あんまりしないようにしてる。

伝えた内容が相手にとって有益なケースもある。
でもプレッシャーを与えるだけになるかもしれない。
正論だったとしてもそれを伝えるのが良いこととは限らない。


話が逸れてしまった。


目標を達成しようとするなら、目標のハードルに合わせて行動に制限が出る。
でも別に達成しようとせずに漫然と続けるだけでも全然良いと思います、てだけ。

無理な目標だったらハードル下げていいし、取り組み方が違うなら変えていけばいい。


・前提③ 目標達成できるかは運ゲー

「人生は99%が運で決まってて、自分で何とかできるのは1%だと思ったほうがいい。
その1%を大事にするか適当にするかは自分で決めればいい。」


これは鴨川会長の言葉ではなく、知人に飲み屋で言われたフレーズ。
でも、すごく印象に残ってるし、ぼくはこの言葉が好きだ。
理不尽なことは絶対あるし、逆にいうと運が良くて解決することもある。

ちょっとでも、ほんと些細なことでも、良い結果に傾きそうだなと思うことがあれば、
それを少しずつやっていけばいい。というか少しずつやっていくしかない。と思っています。

ぼくが過去に、結果を求めすぎて取り組んで変な感じになった原因は多分ここにあると思う。


・前提④ 「続ける」か「続けない」しかない

これが一番重要だと思う

自分に才能やセンスや運があるかはわからない。
目標が達成できるかもわからない。

でも結局のところ、選択肢は「続ける」か「続けない」しかないので、
結果が出るかわからないことをやってられるかよ、とか
そんなことでモチベ湧くかよ…なら「続けない」を選択してもいい。
趣味を続けないことで人に迷惑かけることもあんまりない。

続けてみないとわからないのですよね。
才能やセンスがあっても求めてる結果を得られないかもしれないし、
才能やセンスがなくてもいつか結果を得られるかもしれない。

目標のハードルを上げれば上げるほど、
望んでいる結果を得られるかは運ゲーになっていくと思う。


・以上をふまえて僕が思うこと


マイペースに続けておけば良いでしょ、と思う。



これだけ長々と書いて「浅い!」と思われるかもしれないですが、実際考えは浅いので安心してください。


目標とか無くても、なんか楽しいなら気が向いたときに続けるだけで全然良い。
たまにふっと「あ、こんなことで悩んでたのか!!なんかできるようになった!!」ってなるケースがある。

だからとりあえず続けておけばいいとおもう。
キツいな~とかもう続けたくね~とか、ネガティブな気持ちがあまりにもデカくなって
自分のキャパをこえてたり視野が狭くなってたりしそうなら他のことしていいと思う。
さっきも書いたけど「続ける」「続けない」の選択はたいてい誰からも強要されてない。

ちなみに、僕が心が折れてた1年半くらいの期間、
「自分を信じて続けろ!」とか「もう才能ないからやめろ!」とか、
誰かにバッサリ言ってほしい時期がありました。続けるかやめるかがハッキリするから。
でもこれ、人から言ってもらって決めることじゃないんだよなぁ。
自分で決めるってのは楽なように見えてキツい部分もあるとは思う。
自己責任になるから。でも他者に責任を渡さないで、自分で決める意識持ったほうがいいなと思った。


あと「見返したい!」とか「アイツは許せねぇ…!」みたいな感情はモチベの維持に繋がることあるけど、
あくまでバフ(強化)になる要素であって、これをモチベの根幹にするのは結構大変だと思う。
気軽に「続ける」をずっと選択できる方法があるとええかなと。


逆に言うと続けなかったらそこで終わり。
運が良いとか悪いとか関係なく何も起こらない。


何も起こらなくていいなら他の事すればいいし、
それが嫌なら気が向いたときに少しでも続ければいい。
それが嫌で続けたくて且つ目標もって成長していきたいなら、
考えながら続けていくしかない…という話かなと。



以上!!


色々書いて思ったのは「ありがとう鴨川会長…まとめてくれて……」でした。


またなんかダラダラ書いていきたいですね。それでは。